なぜ勉強しないといけないのか
こんばんは。
200日ぶりに筆を取ったさぶろうです。
タイトルにもある通り、勉強の意味について僕は最近よく考えています。
というか、何なら大学で教育学部に入り、塾講師を始めてから3年間ずっと考え続けている議題でもあります。
僕が子供のときは、この疑問に対して塾の先生や周りの大人は「そりゃあ良い大学や良い会社に入るためだよ。あと勉強出来ないと色々困るからさ。」と答えていたと記憶しています。
凄く、子供騙しな回答だと思いませんか。まあ、もしかしたら真摯にこの質問を受け止めて真面目に回答をしてくれた大人も居たのかもしれませんが、少なくとも僕の記憶には残っていないのできっと話が難しくて忘れたのかもしれません。
勉強をする意味、を聞かれたときに逆に「勉強しなかったら将来どうなってしまうのか」という視点から説く人は割と居ると思うんです。
でもそれって、勉強をする理由にはなってないですよね?だって勉強しないデメリットを補填するような「何か」があったとしたら、論破されてしまいますから。
なので、僕はあえて勉強をするメリットの方から考えてみました。そっちの方が直球で分かりやすいし、冒頭の疑問に真っ向から向かい合っている気がするので。
さて、大きく分けて2つ挙げます。他にもあるだろと言われればそうなんでしょうが、まあまあまあ。
まず、1つ目のメリットは「世界の解像度が上がる」ということです。
これは勉強の意味、というよりは「知識を持つことの大切さ」かもしれませんが、まあ"勉強をきちんとやった人"というのは"新しい知識を自分でインストールする力"がある人とほぼ同義なのでまあ、そういうことで。
さて、世界の解像度とはどういう事なのか?少し例を挙げてみましょう。
例えば1本の映画を観るとき、知識を持つ人と持たざる人ではその楽しみ方が大きく異なります。様々な知識を持っている人の場合、通常のストーリーを楽しむ他、舞台の時代背景や場所、またそれによる文化の作りこみにまで目を配ったり、また演者に詳しければそちらの楽しみもあるでしょう(アニオタが声優に詳しいのと同じ)。しかし、知識が無い人の場合、仮に映画のストーリーは理解出来たとしても、"その先"の楽しみが無い。それ以上の知識や情報を堀り出そうとすることが出来ない。60分の映画を観たら60分楽しんで終わり。それは何故か?ロクな知識が無いまま大人になる人というのは、子供のときから主体的に知識を頭に入れる習慣がないから。
少し話が逸れていつの間にか文体も変わってるけど気にしないでください。気にしないで。
まあ、もっと分かりやすく言うと、もう普通にどっか道歩いてる時でも、知識の有無によって主観的な楽しさって変わってくるんですよ。
植物に詳しければ、そこら辺に生えてる草でも「菜の花」や「ガーベラ」といった固有名詞が頭に浮かぶし、「こんな所にこれが育ってるなんて珍しい!」なんて発見もあるでしょう。また、乗用車に詳しかったりすれば、通りかかった車の車名や年代が頭に浮かんで、きっと退屈しないでしょう。(知らんけど)
でも、知識がない人ってこういう楽しみがないんですよ。要は。道歩いてても「草がある」「車走ってる」で終わり。まあ僕もこれらの知識ないから同じだけどさ。
言いたいのは、何に対してもそうだよねってこと。知識があればそれだけ世界の見方が変わるし、楽しみが増えるよねっていうのが言いたい。でもその楽しさがどれくらいかってのは体験してみないと分からないし、無理に人に教えるもんでもないじゃない。だから、とりあえず子供のときに色んな知識を頭に入れたり、知識を取り入れる方法を学んだりするわけや。面倒でも。
んで、これらをちゃんとやってこなかった所謂知識が無い人って、こういう楽しみ方が出来ない。
でも時間と金は人並みにあることも多いから、結果どういった娯楽に手を出すかっていうと、短期的に苦労せず快感が得られるものになっちゃうわけよどうしても。だって、自分で時間かけて調べたり考えたりして世界を広げるってことは出来ないんだから。努力しないで手に入れられる快楽、つまりタバコやお酒、ギャンブルや女遊び、あと最近だとゲームのガチャとかもそうだよね。そういった娯楽に寄っていってしまうのは最早必然なんだね。
はい、ここで反論。「東大生でもパチンコとかソシャゲのガチャハマってる奴居ますが🤚」
その通りですね。そりゃ居ますよ。
だけど、残念ながら今は"傾向"の話をしてるんですよ馬鹿には理解できないかもしれないけど。
よくTwitterでも大学の話出たときに「高卒でも使える奴居るけど〜」「大卒の新人より同い年の高卒の方が社会経験が〜 」「前澤社長は高卒」みたいなクソリプ、下にぶら下がってること多いけどさ、
"それ"がもう高卒たる所以なのよね。
「カラスは黒いですよね」みたいな話してるときに「いや世界には白い種類のカラスも居ますけど?」みたいなのおかしいのは分かるじゃん。
あくまで、全体としてそういう傾向にあるよねっていう話で、数学みたいに1つの例外も許さないとしたら何も議論は出来ないでしょ。
あと、確かに社長とかになる人は割と高卒多いみたいな話よく聞くけど時価評価100億円以上の63社、所謂大企業と呼ばれる会社の創業者の学歴を調べてみたらその殆ど、9割近くが有名大学or大学院の卒業生だったらしいのでまあそりゃ組織立ち上げたり上の方に立つ人が最低限大卒レベルの教養を持ってないわけがないのでこの話は終わりです。
2つ目のメリットは「こういう話するときに伝えるの上手くなる」です。
まあここまで読んで、こいつの言いたい事よく分からんなと思ってる人、それは俺がそんなに勉強出来るわけじゃないからです。基本的に勉強ちゃんとやった人ってのは説明上手です。適切な言葉遣いや論理的な話の構成があるから強い。
まあ説明ってそれ以外に声の大きさとか滑舌とか相手の理解度を計るとか小手先の技術もあるから一概には言えんけどさ。勉強出来ない人の説明って、マジで本人以外全然分かんない。これは1回でも聞いた事ある人なら必ず共感する。勉強って最終的にはそこが目的だと思うだよな。
国語を学ぶことで適切な言葉遣い(特に助詞とか)を学べ、数学を学ぶことで論理的に説明する力が身につき、英語を学ぶことでそれらを世界中の人に伝えることができる。理科や社会は知りません。専門じゃないんで。
自分の思いや考えを上手く伝えられないって想像以上にキツい。誰もちゃんと自分のことを理解してくれないし、相手のこともよく分からないから他者に対して攻撃的になってしまうこともまあある。これは「馬鹿だから性格悪い」っていう簡単な話じゃない。もう少し噛み砕いて、「馬鹿だと、世界のあらゆることが不透明だから得体が知れなくて怖い」と言った方が正確だと思う。
これ書き始めてもう1時間経ってるしもう眠いので締めに入ります。(2020/08/10 04:43:16)
僕が考える勉強する意味はざっくり書くとこんな感じだけど、まあ中学生にこんな長ったらしく説教する機会もないし、しても「ちっ話なげえなこいつ」と思われて終わりなんでやりません。
とりあえず中高生は学校や塾で与えられた課題を黙ってこなすことが一番です。本当に。
それが嫌なら、やりたくないという意志とやらなくても大丈夫だという根拠を理論的に親や先生に説明してみればいいのではないでしょうか。
出来ないなら上記の理由で勉強不足です。勉強しましょう。
出来たらしなくていいんじゃないですかね。もうその頃にはきっと自分の進路を自分で決める歳になってると思うので。
まあ、あと「勉強しろ」って口煩く言う大人達も、みんな昔は子供で、同じように勉強嫌だと思ってたはずじゃん。
それで尚、大人になってそう言うってことは、"そういう事"や。
なぜ勉強しないといけないのか
こんばんは。
200日ぶりに筆を取ったさぶろうです。
タイトルにもある通り、勉強の意味について僕は最近よく考えています。
というか、何なら大学で教育学部に入り、塾講師を始めてから3年間ずっと考え続けている議題でもあります。
僕が子供のときは、この疑問に対して塾の先生や周りの大人は「そりゃあ良い大学や良い会社に入るためだよ。あと勉強出来ないと色々困るからさ。」と答えていたと記憶しています。
凄く、子供騙しな回答だと思いませんか。まあ、もしかしたら真摯にこの質問を受け止めて真面目に回答をしてくれた大人も居たのかもしれませんが、少なくとも僕の記憶には残っていないのできっと話が難しくて忘れたのかもしれません。
勉強をする意味、を聞かれたときに逆に「勉強しなかったら将来どうなってしまうのか」という視点から説く人は割と居ると思うんです。
でもそれって、勉強をする理由にはなってないですよね?だって勉強しないデメリットを補填するような「何か」があったとしたら、論破されてしまいますから。
なので、僕はあえて勉強をするメリットの方から考えてみました。そっちの方が直球で分かりやすいし、冒頭の疑問に真っ向から向かい合っている気がするので。
さて、大きく分けて2つ挙げます。他にもあるだろと言われればそうなんでしょうが、まあまあまあ。
まず、1つ目のメリットは「世界の解像度が上がる」ということです。
これは勉強の意味、というよりは「知識を持つことの大切さ」かもしれませんが、まあ"勉強をきちんとやった人"というのは"新しい知識を自分でインストールする力"がある人とほぼ同義なのでまあ、そういうことで。
さて、世界の解像度とはどういう事なのか?少し例を挙げてみましょう。
例えば1本の映画を観るとき、知識を持つ人と持たざる人ではその楽しみ方が大きく異なります。様々な知識を持っている人の場合、通常のストーリーを楽しむ他、舞台の時代背景や場所、またそれによる文化の作りこみにまで目を配ったり、また演者に詳しければそちらの楽しみもあるでしょう(アニオタが声優に詳しいのと同じ)。しかし、知識が無い人の場合、仮に映画のストーリーは理解出来たとしても、"その先"の楽しみが無い。それ以上の知識や情報を堀り出そうとすることが出来ない。60分の映画を観たら60分楽しんで終わり。それは何故か?ロクな知識が無いまま大人になる人というのは、子供のときから主体的に知識を頭に入れる習慣がないから。
少し話が逸れていつの間にか文体も変わってるけど気にしないでください。気にしないで。
まあ、もっと分かりやすく言うと、もう普通にどっか道歩いてる時でも、知識の有無によって主観的な楽しさって変わってくるんですよ。
植物に詳しければ、そこら辺に生えてる草でも「菜の花」や「ガーベラ」といった固有名詞が頭に浮かぶし、「こんな所にこれが育ってるなんて珍しい!」なんて発見もあるでしょう。また、乗用車に詳しかったりすれば、通りかかった車の車名や年代が頭に浮かんで、きっと退屈しないでしょう。(知らんけど)
でも、知識がない人ってこういう楽しみがないんですよ。要は。道歩いてても「草がある」「車走ってる」で終わり。まあ僕もこれらの知識ないから同じだけどさ。
言いたいのは、何に対してもそうだよねってこと。知識があればそれだけ世界の見方が変わるし、楽しみが増えるよねっていうのが言いたい。でもその楽しさがどれくらいかってのは体験してみないと分からないし、無理に人に教えるもんでもないじゃない。だから、とりあえず子供のときに色んな知識を頭に入れたり、知識を取り入れる方法を学んだりするわけや。面倒でも。
んで、これらをちゃんとやってこなかった所謂知識が無い人って、こういう楽しみ方が出来ない。
でも時間と金は人並みにあることも多いから、結果どういった娯楽に手を出すかっていうと、短期的に苦労せず快感が得られるものになっちゃうわけよどうしても。だって、自分で時間かけて調べたり考えたりして世界を広げるってことは出来ないんだから。努力しないで手に入れられる快楽、つまりタバコやお酒、ギャンブルや女遊び、あと最近だとゲームのガチャとかもそうだよね。そういった娯楽に寄っていってしまうのは最早必然なんだね。
はい、ここで反論。「東大生でもパチンコとかソシャゲのガチャハマってる奴居ますが🤚」
その通りですね。そりゃ居ますよ。
だけど、残念ながら今は"傾向"の話をしてるんですよ馬鹿には理解できないかもしれないけど。
よくTwitterでも大学の話出たときに「高卒でも使える奴居るけど〜」「大卒の新人より同い年の高卒の方が社会経験が〜 」「前澤社長は高卒」みたいなクソリプ、下にぶら下がってること多いけどさ、
"それ"がもう高卒たる所以なのよね。
「カラスは黒いですよね」みたいな話してるときに「いや世界には白い種類のカラスも居ますけど?」みたいなのおかしいのは分かるじゃん。
あくまで、全体としてそういう傾向にあるよねっていう話で、数学みたいに1つの例外も許さないとしたら何も議論は出来ないでしょ。
あと、確かに社長とかになる人は割と高卒多いみたいな話よく聞くけど時価評価100億円以上の63社、所謂大企業と呼ばれる会社の創業者の学歴を調べてみたらその殆ど、9割近くが有名大学or大学院の卒業生だったらしいのでまあそりゃ組織立ち上げたり上の方に立つ人が最低限大卒レベルの教養を持ってないわけがないのでこの話は終わりです。
2つ目のメリットは「こういう話するときに伝えるの上手くなる」です。
まあここまで読んで、こいつの言いたい事よく分からんなと思ってる人、それは俺がそんなに勉強出来るわけじゃないからです。基本的に勉強ちゃんとやった人ってのは説明上手です。適切な言葉遣いや論理的な話の構成があるから強い。
まあ説明ってそれ以外に声の大きさとか滑舌とか相手の理解度を計るとか小手先の技術もあるから一概には言えんけどさ。勉強出来ない人の説明って、マジで本人以外全然分かんない。これは1回でも聞いた事ある人なら必ず共感する。勉強って最終的にはそこが目的だと思うだよな。
国語を学ぶことで適切な言葉遣い(特に助詞とか)を学べ、数学を学ぶことで論理的に説明する力が身につき、英語を学ぶことでそれらを世界中の人に伝えることができる。理科や社会は知りません。専門じゃないんで。
自分の思いや考えを上手く伝えられないって想像以上にキツい。誰もちゃんと自分のことを理解してくれないし、相手のこともよく分からないから他者に対して攻撃的になってしまうこともまあある。これは「馬鹿だから性格悪い」っていう簡単な話じゃない。もう少し噛み砕いて、「馬鹿だと、世界のあらゆることが不透明だから得体が知れなくて怖い」と言った方が正確だと思う。
これ書き始めてもう1時間経ってるしもう眠いので締めに入ります。(2020/08/10 04:43:16)
僕が考える勉強する意味はざっくり書くとこんな感じだけど、まあ中学生にこんな長ったらしく説教する機会もないし、しても「ちっ話なげえなこいつ」と思われて終わりなんでやりません。
とりあえず中高生は学校や塾で与えられた課題を黙ってこなすことが一番です。本当に。
それが嫌なら、やりたくないという意志とやらなくても大丈夫だという根拠を理論的に親や先生に説明してみればいいのではないでしょうか。
出来ないなら上記の理由で勉強不足です。勉強しましょう。
出来たらしなくていいんじゃないですかね。もうその頃にはきっと自分の進路を自分で決める歳になってると思うので。
まあ、あと「勉強しろ」って口煩く言う大人達も、みんな昔は子供で、同じように勉強嫌だと思ってたはずじゃん。
それで尚、大人になってそう言うってことは、"そういう事"や。
最近の僕
簡単な近況報告から。
8月の上旬から9月一杯まで夏休み、更にそこから今日まで、iOPクォーターといって必修科目がない期間で僕は1つも授業をいれなかった。
つまりここ3か月、自分は大学生という立場でありながら、授業に行く予定が一切ないという要はニートと同じ生活生活を送っていたのである。
とはいえ、その間教育実習が3週間あり、その事前準備やら事後指導やらあったのだが、それでも残りの60日くらいはマジで何の予定もなかった。
羨ましいか?お前ら
羨ましいだろうな。10年後の俺が見たら何と幸せなことだろうと思うはずだ。
しっかしまあ人は忙しいときほど時間が経つのが早く感じるとよく言うがまさにその通りで
実際は3ヶ月振りなのだが、体感1年振りくらいに授業へ行く感覚なのである。
この暇な3ヶ月、俺が何をしたかというと
本当に 何もしていない。
いや自分も夏休み入るまでは
「いやこんな時間あったら何でも出来ちゃうな〜wとりあえず就活始めて合間縫って旅行とか行って〜w 数検の勉強もしちゃおうかなw」
な〜んて考えていたわけだが、何一つとして達成されることはなかった。
皆も分かる感覚だと思うが、人って必要に迫られないとマジで何も出来ない。
例えば朝30分いつもより早起き出来たからといって、寝癖治したり着替えたりといった出かける準備を30分早くやるかといえば、まあぜっったいにやらない。
「おーいつもより早く起きれた」(時間に余裕が出来るぞ。)と、思いながら布団の中でスマホをいじる時間がいつもより30分長くなるだけなのだ。
今流行りのADHDなのだろうか?
いや今日の本題はそこじゃなくて
まあ要はどんだけ暇でも
いや暇だったからこそ俺は何も出来なかった。
上記に挙げたように、「やるべき事」はいくらでもあった。何なら今でもある。
しかし、それらは「やらなきゃいけない事」ではなかった。だから出来なかったのだ。
「ニート期間は人生の夏休み ではなく、夏休み明け1日前の気分がずっと続くのだ。」という古い言葉があるが、まさにその通りである。
周りの皆はiOPクォーターでも他学部の授業や必修以外の授業をちゃんと履修していて、僕が家でゲームしている間にもコツコツ単位を稼いできちんと大学生をしていたし、恐らく就職組は何やらイベントとか合同説明会なるものに脚を運んで頑張っていたのだろう。
そんなことを聞く度に、「ああ俺も何かやらなきゃな」って思った。
思っただけだった。
焦燥感に駆られ、とりあえず酒飲んで、たまに友達の家に上がりこんで愚痴り、ゲームして現実逃避。
長ったらしく書いたが、俺の3ヶ月こんだけ笑。
勉強も仕事もしてないし、好きなこと(ゲーム)を無制限にやり続けたが、心が休まることはなく
忙しかった前期の方がまだ充実していたなと切に思う。
根が真面目だからこんな思い詰めて空虚な時間を過ごしてしまったのだろうか。
もっとバカになってこの好き放題な状態を楽しめるようになりたかった。
何が書きたいか分かんなくなってきたからそろそろ終わります。
クリスマスに彼女に何あげればいいか分かんないので良かったらこっそり僕にアドバイスをくれると嬉しいです。
さようなら。
未来
さぶろうです
僕はこの先どうなるんだろうって最近物凄く考えてしまいます。
諸行無常、栄枯盛衰とはよく言ったもので、世の中にずっと続くものなんて無いし常に何かが変わり続けてるんだなって実感しています。
例えば今皆さんが見てる「Twitter」。
皆さんがいつから利用してるかは知りませんが、僕は4年前から始めて、そこからTLを覗かなかった日は恐らく1度もなかったと思います。
LINEなども同じですが、今や現代人のスマホに当たり前のようにインストールされてるこのTwitter、もしもある日突然サービスが終了したら?と考えたことはないですか。
僕は、もしそうなったらどうなるか分かりません。
自分でも、廃人になるのか、別のSNSに移るのか、ネットからキッパリ離れるのか、分かりません。
それくらい僕にとっては日常的なもので、無くなるなんて考えられません。
しかし、いつかは必ずTwitterはサービスを終了しますし、あるいはその前に僕の方からTwitterを辞めるかもしれません。
要するに、人生という大きな規模で考えたときに、近い将来、5年先あるいは10年先もTwitterを続けている確率の方が圧倒的に低いということです。
これは僕だけじゃなくて皆さん全員が同じことです。
また例をTwitterで挙げましたが、これは何にでも言えます。
今の友達、恋人、家族、はまっている趣味などなど、5年後10年後に今のままだと言い切れますか?
自分はそれを考えたときに、3年後の自分や周りすら想像出来なくて怖いです。
大学を出た後、22(23)歳のとき、自分はもう社会人として働いていなければいけません。
その自分が、何処でどうやってどんな人と関わって何の仕事をしていて帰宅して何をしているとか、何も分かりませんそれが怖いです。
10代最後の思春期らしい葛藤かもしれませんが、20歳になるときまでに、自分の中で解決あるいは忘却しているといいなと思いました。
なぜ勉強するのか
こんばんわ
ブログを唐突に始めたものの、別にネタを考え込んでたりしたわけじゃなかったので、2次元オナニーに関しての記事だけ書いた後、丸2日放置するというのは我ながら狂気だと思いましたさぶろうです
僕は今アルバイトで個別指導の塾講師をしているのですが、生徒からたまにこういう質問をされます
「勉強して将来なんの役に立つのか」
僕も昔この手のことは考えましたが、大体この疑問に執着している奴は勉強が出来ません
しかしまあ言われてみれば確かに国語や英語はともかく、数学や理科などの科目は一見すると日常生活を過ごす上で殆どがその習った内容を使用する機会がないよう(内容?)に思えます
「三平方の定理や原子の構造なんか勉強したところで普段どこで使うんだ、勉強する意味なんかない」と、無知な小中学生や文系のカス共がそう思ってしまうのも無理はありません
彼らは人間として浅いのですから分からなくて当然です
ここからはあくまで私個人の考えなので、教育の専門家から言わせれば的外れなものもあると思いますがご容赦ください
私は大学で数学を専攻にやらせてもらっているので、今回は数学を例に挙げて話します
そもそも中学生が数学を学ぶ意義というのは前述のように三平方の定理を覚えたり、三角形の合同を証明出来たりなどというスキルを身につけることではありません
数学をやる意味というのは、論理的思考力を養うためであり、それさえ身についているのならば、文字式の計算も相似条件も覚える必要なんかありません
あくまでそれらは論理的思考を育てるための道具でしかないし、当然日常生活では使いません。将来何の役にも立ちません。当たり前です
論理的思考というのは、もう少し噛み砕いて説明すると、「AだからB BだからC、つまりAだからCになる。」というような考え方のことです
例えば、「2x=4をxについて解け」という中1の問題があります
これの答えを出す過程で、「まずxについて解くと言われてるから、最終形はx=?だな。左辺の2xをxにする為には、2で割る(1/2をかける)必要があるな。そういえば、等式を解くときには左辺と右辺で同じことをする必要があるんだった。つまり右辺の4にも同様の作業をしないといけない。それらをこなすと、x=2となり、これで大丈夫そう🤔」という思考が大切なのです
このように論理的思考を用いて考える訓練をすることは将来他のあらゆることを考えるときに必ず役に立ちます
もしそう思わない大人が居るとしたら、きっとその人はまともな教育を受けずに育ってしまった人なので恐らく一生勉強する意義について分からないままなのだと思います
ここまで長ったらしく書いてはきましたが、学生時代にきちんとした教育を受けて勉強をした人達ならば、僕が冒頭に書いた「勉強して将来何の役に立つのか?」という疑問に対して、皆さん自身の答えを持っていたはずです
誰の考えが正しいとかではなく、この質問に対して自分なりの答えを持っていることが、きちんと学生時代に勉強した証であり、そういう人はその勉強したことを今に生かせている大人になっているはずです
まとめっぽくなったのでここで終わります
2次元で抜くという行為2
https://sabulouu3260.hatenadiary.jp/entry/2018/07/21/214131
↑
その1
そのとき話していたクラスメイトの1人がこんなことを言い出したのだ
「殆どはAVだし、後は妄想とかだろ」
妄想!?!?!?!?!?!?
何とハレンチなことか
一般人と呼ばれる人種共は、あろうことか仲の良い女友達やグラビアアイドル、AV女優などと自分が性行為をするという妄想を用いて自慰に耽っているというのだ
何て卑猥なんだ...
実在する人間、それも知り合いをネタにするなどこいつらには人の心が無いのかと、私は愕然とした(なお、その日の夜試してみたところ言い知れぬ背徳感が癖になり、妄想抜きは私のローテーションに組み込まれることになるのだが)
また、そいつは続けざまにこう言い放った
「あと俺は最近ね、オカズ無しでやるのがハマってる」
「マジで携帯とか本とか全く見ずに、マジで無の状態から上向いてもう射精するまでこう...」
その言葉には私だけでなく、周りで聞いてる人達も何故だか閉口していた
そいつも空気を察したのか最後まで話すことなく途中で手の輪っかを上下に擦るジェスチャーもやめてしまい、何とも言えない空気が2年1組の一角を包んだのだった
私が2次元でシコるオタクであったこと、またそいつが無ニー(無のオナニー)という謎の技術を生み出し、公開してしまったことによる悲劇と言えよう
私はこの経験から
「自分の常識を他人の常識だと思っていると痛い目を見る」「また、そもそも2次元でシコっていることを公言してはいけない」ということを学んだのだった
また無でオナる話はマジで最後まで聞きたかった
2次元で抜くという行為1
私はこの事実を高校2年生のときに知ったのだが、本名以外でTwitterをやらないような、俗に言う「一般人」と呼ばれる人種は、2次元(エロ漫画やアニメ画像など)をネタにしてオナニーをしないらしい
私はその当時、エロ漫画で抜くのが主であって、気分転換にAVを観るまた人によってはその逆であると信じて疑っていなかった
高校の昼休みにクラスメイトからその事実を聞いたとき、私は「ではお前らはエロ漫画を読まずに、Twitterで流れてくるエッチな絵を見ずに、逆に一体何をネタにするのだ、まさかAVだけではあるまいな」とクラスの真ん中で激昴してしまったのである
すると1人が更に衝撃の事実を私にぶつけてきたのだ
(2に続く)