ささぶろう

ゴミ箱

なぜ勉強しないといけないのか

こんばんは。
200日ぶりに筆を取ったさぶろうです。

タイトルにもある通り、勉強の意味について僕は最近よく考えています。
というか、何なら大学で教育学部に入り、塾講師を始めてから3年間ずっと考え続けている議題でもあります。

僕が子供のときは、この疑問に対して塾の先生や周りの大人は「そりゃあ良い大学や良い会社に入るためだよ。あと勉強出来ないと色々困るからさ。」と答えていたと記憶しています。
凄く、子供騙しな回答だと思いませんか。まあ、もしかしたら真摯にこの質問を受け止めて真面目に回答をしてくれた大人も居たのかもしれませんが、少なくとも僕の記憶には残っていないのできっと話が難しくて忘れたのかもしれません。

勉強をする意味、を聞かれたときに逆に「勉強しなかったら将来どうなってしまうのか」という視点から説く人は割と居ると思うんです。
でもそれって、勉強をする理由にはなってないですよね?だって勉強しないデメリットを補填するような「何か」があったとしたら、論破されてしまいますから。
なので、僕はあえて勉強をするメリットの方から考えてみました。そっちの方が直球で分かりやすいし、冒頭の疑問に真っ向から向かい合っている気がするので。

さて、大きく分けて2つ挙げます。他にもあるだろと言われればそうなんでしょうが、まあまあまあ。

まず、1つ目のメリットは「世界の解像度が上がる」ということです。
これは勉強の意味、というよりは「知識を持つことの大切さ」かもしれませんが、まあ"勉強をきちんとやった人"というのは"新しい知識を自分でインストールする力"がある人とほぼ同義なのでまあ、そういうことで。
さて、世界の解像度とはどういう事なのか?少し例を挙げてみましょう。
例えば1本の映画を観るとき、知識を持つ人と持たざる人ではその楽しみ方が大きく異なります。様々な知識を持っている人の場合、通常のストーリーを楽しむ他、舞台の時代背景や場所、またそれによる文化の作りこみにまで目を配ったり、また演者に詳しければそちらの楽しみもあるでしょう(アニオタが声優に詳しいのと同じ)。しかし、知識が無い人の場合、仮に映画のストーリーは理解出来たとしても、"その先"の楽しみが無い。それ以上の知識や情報を堀り出そうとすることが出来ない。60分の映画を観たら60分楽しんで終わり。それは何故か?ロクな知識が無いまま大人になる人というのは、子供のときから主体的に知識を頭に入れる習慣がないから。
少し話が逸れていつの間にか文体も変わってるけど気にしないでください。気にしないで。
まあ、もっと分かりやすく言うと、もう普通にどっか道歩いてる時でも、知識の有無によって主観的な楽しさって変わってくるんですよ。
植物に詳しければ、そこら辺に生えてる草でも「菜の花」や「ガーベラ」といった固有名詞が頭に浮かぶし、「こんな所にこれが育ってるなんて珍しい!」なんて発見もあるでしょう。また、乗用車に詳しかったりすれば、通りかかった車の車名や年代が頭に浮かんで、きっと退屈しないでしょう。(知らんけど)
でも、知識がない人ってこういう楽しみがないんですよ。要は。道歩いてても「草がある」「車走ってる」で終わり。まあ僕もこれらの知識ないから同じだけどさ。
言いたいのは、何に対してもそうだよねってこと。知識があればそれだけ世界の見方が変わるし、楽しみが増えるよねっていうのが言いたい。でもその楽しさがどれくらいかってのは体験してみないと分からないし、無理に人に教えるもんでもないじゃない。だから、とりあえず子供のときに色んな知識を頭に入れたり、知識を取り入れる方法を学んだりするわけや。面倒でも。
んで、これらをちゃんとやってこなかった所謂知識が無い人って、こういう楽しみ方が出来ない。
でも時間と金は人並みにあることも多いから、結果どういった娯楽に手を出すかっていうと、短期的に苦労せず快感が得られるものになっちゃうわけよどうしても。だって、自分で時間かけて調べたり考えたりして世界を広げるってことは出来ないんだから。努力しないで手に入れられる快楽、つまりタバコやお酒、ギャンブルや女遊び、あと最近だとゲームのガチャとかもそうだよね。そういった娯楽に寄っていってしまうのは最早必然なんだね。

はい、ここで反論。「東大生でもパチンコとかソシャゲのガチャハマってる奴居ますが🤚」
その通りですね。そりゃ居ますよ。
だけど、残念ながら今は"傾向"の話をしてるんですよ馬鹿には理解できないかもしれないけど。
よくTwitterでも大学の話出たときに「高卒でも使える奴居るけど〜」「大卒の新人より同い年の高卒の方が社会経験が〜 」「前澤社長は高卒」みたいなクソリプ、下にぶら下がってること多いけどさ、
"それ"がもう高卒たる所以なのよね。
「カラスは黒いですよね」みたいな話してるときに「いや世界には白い種類のカラスも居ますけど?」みたいなのおかしいのは分かるじゃん。
あくまで、全体としてそういう傾向にあるよねっていう話で、数学みたいに1つの例外も許さないとしたら何も議論は出来ないでしょ。
あと、確かに社長とかになる人は割と高卒多いみたいな話よく聞くけど時価評価100億円以上の63社、所謂大企業と呼ばれる会社の創業者の学歴を調べてみたらその殆ど、9割近くが有名大学or大学院の卒業生だったらしいのでまあそりゃ組織立ち上げたり上の方に立つ人が最低限大卒レベルの教養を持ってないわけがないのでこの話は終わりです。

2つ目のメリットは「こういう話するときに伝えるの上手くなる」です。
まあここまで読んで、こいつの言いたい事よく分からんなと思ってる人、それは俺がそんなに勉強出来るわけじゃないからです。基本的に勉強ちゃんとやった人ってのは説明上手です。適切な言葉遣いや論理的な話の構成があるから強い。
まあ説明ってそれ以外に声の大きさとか滑舌とか相手の理解度を計るとか小手先の技術もあるから一概には言えんけどさ。勉強出来ない人の説明って、マジで本人以外全然分かんない。これは1回でも聞いた事ある人なら必ず共感する。勉強って最終的にはそこが目的だと思うだよな。
国語を学ぶことで適切な言葉遣い(特に助詞とか)を学べ、数学を学ぶことで論理的に説明する力が身につき、英語を学ぶことでそれらを世界中の人に伝えることができる。理科や社会は知りません。専門じゃないんで。
自分の思いや考えを上手く伝えられないって想像以上にキツい。誰もちゃんと自分のことを理解してくれないし、相手のこともよく分からないから他者に対して攻撃的になってしまうこともまあある。これは「馬鹿だから性格悪い」っていう簡単な話じゃない。もう少し噛み砕いて、「馬鹿だと、世界のあらゆることが不透明だから得体が知れなくて怖い」と言った方が正確だと思う。

これ書き始めてもう1時間経ってるしもう眠いので締めに入ります。(2020/08/10 04:43:16)

僕が考える勉強する意味はざっくり書くとこんな感じだけど、まあ中学生にこんな長ったらしく説教する機会もないし、しても「ちっ話なげえなこいつ」と思われて終わりなんでやりません。
とりあえず中高生は学校や塾で与えられた課題を黙ってこなすことが一番です。本当に。
それが嫌なら、やりたくないという意志とやらなくても大丈夫だという根拠を理論的に親や先生に説明してみればいいのではないでしょうか。
出来ないなら上記の理由で勉強不足です。勉強しましょう。
出来たらしなくていいんじゃないですかね。もうその頃にはきっと自分の進路を自分で決める歳になってると思うので。
まあ、あと「勉強しろ」って口煩く言う大人達も、みんな昔は子供で、同じように勉強嫌だと思ってたはずじゃん。
それで尚、大人になってそう言うってことは、"そういう事"や。